【はじめに】
このSSは、なろう版箱庭ではなく別サイト版の後日談になります。


なろう版との相違として、
・第三部のラストで、エリオットとクリスはわだかまりを残したまま別れている。
・ので、クリスの旅による調査内容の定期報告は、
 エリオットと顔を合わせたくないクリスが、フォウに押し付けている。
(なろう版ではきちんとクリスがしており、フォウはお城に報告に行っていない)
がありますので、以上を踏まえた上でお読みください。

全部で三節、枠で節毎に区切ってます。
ブログに三年越し不定期で載せていたもののまとめになる為、
区切りが雑だったり色々変な部分があるかも知れませんスイマセン。

後日談完成


 彼には視えていた。
 彼女の、気持ちが。


「明日はまた北方の地の端まで足を運ぶんでしたよね」
「そうだね、今回は寒いからあまり近づけないけれど、それでも喰われない程度にまでは確認しておきたいところかな」

 寂れた宿屋の一室で小さな机を囲みながら、青年と少女が聞きようによっては物騒な会話をしていると、机の上にいた一匹の白いねずみがその上身をふいと持ち上げる。
 するとそのねずみは、一体どのような仕組みになっているのか定かではないが、その身をポフンと人型……幼女へと変化させた。
 ただし、獣から人へと変化したとはいえ、サイズは小さいまま。
 いわゆる小人になった白いねずみの獣人は、これでようやく彼らの会話に口を挟むことが出来るようになったと言うわけだ。

「ボク、気乗りしないなぁ。この体、寒いのは凍みるんだよ」
 どうやら文句を言いたかったらしい。

「ダインに拒否権はありませんよ、タダ飯食らいなんですから」
「いや……クリスもタダ飯食らってるよね?」

 青年がツッコミを入れた後、ダインと呼ばれた小さな獣人は、自身をタダ飯食らい呼ばわりした少女に喰ってかかった。
 対して少女も、大人げなくその小人をつまみ、放り投げている。
 元々この二人は仲が良いわけではなく、このやり取りは青年にとって見慣れた日常であり、ぴーぷー騒いでいる小娘達をよそに、青年はカップに注がれていた紅茶を軽く口に含んで三つの目を閉じる。
 放置することに決めたらしい。

 彼の名前は、フォウ。
 額に第三の瞳、そして背に第四の瞳と称される、この世界で唯一『他人の感情や未来が、色となって視える』魔術紋様をその身に刻む青年だ。

 彼自身に大した行動目的は無く、今は成り行きで、この一人と一匹の旅に付き合っている。
 彼女達の旅は一言で言えば、途方も無い水文学の調査、と言ったところだろうか。
 しかし、そこはまた別の話。

 今回の話は、その部分が焦点では無い。
 彼は今、一つの悩みを抱えていた。

 単純に言えば、この旅のメンバーは、クリスという少女(正確には成人しているが、諸事情により色々な意味であまり大人の女としての成長の兆しが無い)と、ダインと呼ばれているミニサイズの獣人、そして彼の三個体で構成されている。
 そして、ミニサイズの獣人は正確に言うと中身は人間ではなく、元々は武器の精霊であるため、人間扱いをすると若干ではあるが不都合が生じる。
 ダインの価値観は、人間のそれではないからだ。

 となると、少なくとも人間であるのはフォウとクリスの二人。
 男と女、である。

 更にここで補足しよう。
 クリスの年齢は聞くところによると現在十八、そしてフォウは二十。
 どちらも若く、そして多感な年頃であった。

 つまり、何が言いたいのかと言うと……

「ちょっと! そろそろ止めるのがフォウさんの役目でしょう! 貴方にツッコミ以外の能なんて無いんですから!!」
「とてつもなく失礼だね、クリス!」
「あぁ、お金持ちではありますけど」
「俺のこと一体何だと思ってるのかな!?」

 折れることの無いダインと言い争うのにも疲れてきたのか、フォウに悪態を吐くことで話を変えようとするクリス。
 興奮したのか、指の末端がよく見ると小さく震えている。
 しかし、フォウには彼女にそれ以上のものが視えていて、故にこの一ヶ月ほど、気が気では無かったりするのだ。

 フォウに視えているのは、常人には視えない彼女の感情、想い。
 生ゴミでも扱うかのようにフォウを罵倒している彼女は、ここ最近、彼に対して恋慕の色を纏ってみせてきていた。
 あいらびゅー。
 そういうこと。

 ならば、暴言の数々はいわゆるツンデレと言うもので、気持ちの裏返しなのかというと、そうでは無い。
 クリスは、間違いなくフォウのことを「ツッコミ以外能無し」で「金づる」だと思っている。
 その言葉に嘘偽りが無いことも、フォウにはきちんと視えている。

 ――その上で、クリスはフォウのことが好きなのだ。

 何それ、どういうこと。


「しんどい……」

 これは意外と、精神的負荷を与える環境である。
 相手から「好きです!」と直球でこられても色々大変だとは思うが、フォウからしてみれば感情が視えているため、常に好き好き言われ続けていることと大差無い。
 でも言って来られたわけでは無い故に、スルーし続けるしかない。

 しかも、その感情を当人が気付いているならまだしも、このクリスという少女はとにかくそのあたりが鈍いため、自分が相手を好きだという事実に気付いていないと思われた。
 何しろ、クリスはフォウが他人の感情を視えることを知っている。
 ならば、自分の気持ちに気付いた時点で「いやああああ気持ちがバレますうううう」と逃げるか、諦めて先に言葉に出すかしてくるのが普通だろう。
 行動を起こさず、のほほんとフォウと接している事こそが、彼女は自分の気持ちにはまだ気付いていないという証明であった。

「キミの付き合いの良さには呆れるね」
「……そう? まぁ、俺やること無いから」

 旅の半分は野宿だが、今夜は村で泊まることが出来ている。
 クリスと別室、そしてダインとは同室。
 フォウの呟きにダインが本音を洩らした。

「しんどいなら、バカ娘のお守りなんて投げたっていいじゃないか。あ、いや、ボクとしてはキミに居なくなられると凄ぉく困るんだけど」
「はは、ありがとう。投げてもいいんだけどさ、自分の力が必要そうな場所を見かけたなら、とりあえずそこに身を置こうって思うのは別に不思議なことじゃないと思わない?」
「人間が自身の存在意義を他人に見い出すのは、確かに至極真っ当なことだろうね。でもさ、キミ、しんどいって言ってるよね。それでも、したいことなのかい?」

 ダインは、人間ではない。
 だが、途方も無い時の流れの中でずっと人間を見続けてきた存在ではある。
 知ってはいるが、理解は出来ない。
 そういう存在なのだ。

 白いねずみの獣人は、小さく、そして幼く可愛らしい顔を、子どもの顔には張りつけたくない表情に歪ませて問う。
 バカなのキミ?
 フォウが感情を視える存在でなくとも、ダインがそう言いたいのが良く分かるほどに、ダインの心は顔に出ていた。

 問われずとも、フォウもたまに……いや、かなり頻繁に思う。
 いつまでこの旅の手伝いを続けるのか。
 しかも、人を人とも思わないような大変残念な扱いを受けながら、だ。

 そう長くはかからないと思っていたこの旅は、二人と一匹で行うには時間がいくらあっても足りないものだった。
 本来ならば某王子から人手を集めて貰って総動員すべき事案なのだが、この世界の地の果てというものは元々常人が立ち入ることなど出来ない地形をしており、だからこそクリス達の役目になっている。

 地の果てを大蛇で蓋われている、この世界。
 出口も、未来も無い、この世界。
 それらの情報を少しでも掻き集めて、自らの『罪』を雪ごうとする少女。

「そうは思うんだけど、放っておけないんだよ。最初からずっと」
「アイツ、いつでもどこでも庇護されすぎだからあんな性格なんだとボクは思うね!」
「あーそれは否定出来ないなぁ……あ、でもさっきのしんどいなんだけど、ダインの言ってる意味とは少し違うんだよ。しんどいはしんどいんだけど……その」
「え?」

 そう、話はかなりズレたが、そもそもフォウが悩んでいるのはそんな部分では無い。
 今回の場合は、視えてしまっているラブラブ光線に耐えるのがしんどい、と言っているのだ。
 とはいえ、ダインにこんな話をするのも気がひける。
 嘘を吐ける性分でも無い。
 フォウは口を閉ざし、ダインはそれを不満そうに見上げて、言った。

「前々から思ってたんだけど、キミ、アイツのこと好きなの?」
「ぼぶふぁー!!」
「つるぺた愛好会に入ってるからボクのことも可愛がってくれてるの? あれ、入ってたのって熟女愛好会だっけ?」
「何のことだかよく分からないよ!?」
「ボクも言っててちょっとよく分からなくなったけど、キミがやっている行動はボクには無償の愛に見えてさぁ、あの医者同様にその点は気に喰わないねぇ」

 人の愛が分からぬ精霊は、なおも続ける。

「その点、あの王子はいい。実に利己的で分かりやすい。自分が求めるものにしか、与えない」
「俺からすると王子様のアレは、愛の定義としては微妙な気もするんだけれど……って、そうじゃなくて! 俺別にクリスのこと好きなわけじゃないよ。ただ似た者同士だな、って気になるくらいで。大体今悩んでるのは逆だよ逆!」
「逆?」
「うぐっ」

 話の流れで、口を噤むことも叶わなくなった青年は、仕方なく自分が今視えている色の話をその精霊にする。
 精霊は意外にも最後まで黙って聞き、そして言う。

「ツッコミしか能が無くて、女の敵で、金づるな貴方が好き! ……って凄い趣味してるんだねぇアイツ」
「一言でまとめられると俺がダメ男みたいじゃん!」
「あぁごめんごめん、ボクはそう思ってないよ」
「……そうみたいだね」

「で、キミはそれがしんどいの? その感情が鬱陶しいの?」
「え、違うよ。見て見ぬふりがちょっと大変だなって言うか」
「何で大変なの? 反応するに出来ないから? じゃあ、本当はどう反応したいんだいキミは」
「どう……って」
「いいじゃんもう、言っちゃえば。クリスの色、最近俺のこと好きみたいなんだけど頭大丈夫? って。あははははは!! やばいおもしろい!!」
「言うんじゃなかった……」
「いやでもさ、それってキミがどうしたいか、で全く変わってくると思うよ。距離をおきたいのか、近付きたいのか、それだけじゃないのかい?」
「どちらでも無いんだけれど」

「今のままでいたい、ってソレ、無理だよね。今はあのアンポンタンは気付いていなくてもさ、いつかは流石に気付くんじゃないの? よくわかんないけど。遅かれ早かれ返事をする時は来て、その時には今の関係なんて崩れるだろうよ。そして、だ。今現時点で、もう崩れちゃってるような気がするのはボクだけかい? キミが視えてしまった時点で、気付いてしまった時点で、もうキミ達は今までのキミ達じゃあ無いじゃないか。だって、キミ、しんどいんだから。あぁやだやだ、何で人間って連中はこんなに面倒なんだ」

 投げやりな精霊の言葉は、彼の胸を易々と抉る。
 もう関係は崩れている、と精霊は言う。
 そうなのかも知れない、と思った途端にフォウはきりきりと胃が痛むのを感じ始めていた。

 クリスの、言いもしてこない、気付いてもいない気持ちを勝手に視てとり、お互いの関係を壊してしまっているのは自分だ、と思ったからだった。
 自分がこんな力を持っていなければ、少なくともまだこんなことにはならなかっただろう。
 初めて自分の力を疎ましく思えてくる。
 どんなに他人に嫌がられようとも、この力は素晴らしいものだ、と疑うことのなかった自分が、だ。

 フォウが分かりやすく落ち込んでいることを見て、ダインは溜め息を吐く。
 しかし、慰めの言葉などこの精霊から発せられることは無かった。
 ダインはただ思ったことを言うだけであり、他人を想って言葉をかけることはしない。
 黙ってしまったフォウを背に、ダインは変化して獣の姿に戻る。
 小さな白い動物は、ベッドに駆け上るとその身を枕のど真ん中に預け、丸くなった。

 


 それから、それでも、フォウは今まで通り、視えているものについて口を閉ざし続けた。
 ダインがどんなに言おうとも、いくらなんでもフォウから切り出すような話では無い。
 一体どんな顔をして「クリス、俺のこと好きだよね」だなんて話を切り出せ、と言うのだ。
 そんな失礼なことが出来るのは、あの王子くらいのものだろう。

 けれど、ただ見たままのものを言う精霊が察した通り、彼らの関係は確かに崩れていた。
 なるべく見ないように顔をそむけることが多くなる青年の仕草に、鈍感な少女だって気付き始める。

 ――目が合うことが、少なくなった気がする。

 それは好意を持っている相手からされると、とても傷つくことではないだろうか。
 最初は何となく違和感を感じただけだったが、何度も続くと確信に変わり、自分の不信感が視えているはずの彼はその点について触れてこない。
 つまり、それはわざとそういう態度を取られているということ。
 そこまで気付いてしまえばクリスだって、自分の気持ちに気付いていなくともただ単純に不快な気持ちになる。

 少しずつ、少しずつ、崩れていった関係は、終にはもう目もあてられない程の惨状と化していた。
 積み上げてきた物が、呆気なく、ぽろぽろと。

 だがむしろこれは遅すぎたとも言えるだろう。
 一匹が混ざっているとはいえ、若い男女が二人きりで旅をしていたのだ。
 大抵はその末にくっつくか、でなければ半端に意識して気まずくなるもので、彼らもその例に洩れなかった、と言うだけの話であった。


 今ではもう、クリスがフォウに向ける色は、恋慕よりも憎悪の色のほうが濃くなっている。
 決して恋の色が消えたわけでは無く、それらの感情が混在している状態。
 こんな結果にしたかったわけじゃないのに、あんな態度しか取れなかった。
 クリスが不快感を示すのは尤もだ。
 何しろ、クリスからすればフォウが急に余所余所しくなったのだから。
 しかもその理由を言うことなく。

 言ってしまえば、納得してもらえるだろうか。
 いや、今更何を言うつもりなのか。

 会話は事務的になり、暴言を吐かれていてもそれはそれで楽しかったやり取りは随分減った。
 無駄話をする機会自体、最近はもう無い。
 食事時だけは緩む彼女の顔を、見たいのに直視出来ない。
 距離を置きたいわけでは無かったのに、結局距離を置いている。


 そして……半年に一度の城への定期報告の時期がやってきた。
 一通りの話を済ませた後、ダインは城で王子と細かい部分を情報交換。
 クリスはと言うと、普段ならエリオットに会わずにやり過ごしているはずなのに、今回はフォウと一緒に報告した上にその後いつも挨拶に行く病院へは直行せず、ダインと共に城内に残っている。
 過去の心の傷よりも今の心の傷のほうが深い、とその行動が物語っていた。
(※原作版ではなろう版と違って、第三部でのエリオットとの別れでクリスは凹みまくっており、顔を合わせることも避けていました)

「もう今回で一緒に旅するの、やめようと思ってるんだ」

 フォウがそんな弱音を吐いた相手は、大変渋い顔でその話を聞き続けていた。
 褐色の肌に虎模様、白い髪の間から生えた獣耳は伏せてしまっている。
 聞きたくない、と態度で示すように。

「お前が善意で付き合っていただけなのだから、やめるのは自由だろう」
「そうだよね……」
「だが一つだけ聞かせてくれ。何故急にそんなことを言い出したんだ? クリスが未だ城に残っているのも腑に落ちない。喧嘩でもしたのか」
「喧嘩って言うか、うん、喧嘩なのかなコレ……」
「話せば意外と楽になることもありますわよ~」
「うん……」

 そしてフォウは簡潔に状況説明をした。
 聞いていた獣人兄妹は、話が進むにつれ、開いた口が塞がらなくなってゆく。
 何をやっているんだコイツは、と兄だけでなく妹までもが思っていた。
 だからなのか、その話を聞いた直後に言葉を発したのは妹のほうであった。

「フォウさんはどうされたいのですか~?」

 それは、最初の頃にダインが問いかけた言葉と、同じもの。

「あまりに気まずいから、旅をやめたいんだけど……」
「旅をやめた後、お前はどうする気なんだ?」
「旅に混ざる前は王都に腰を据えてみようと思ってたから、そうしようかなって」
「何故王都に?」
「俺、定住して長く同じ人間関係と付き合うってことが無かったから、そういう経験もしたほうがいいと思ったんだ。王都は色々利便性がいいし」
「なるほど……」
「はぁ~……」

「だがな、クリス一人相手に逃げているようでは、結局すぐにお前は引っ越そうとするんじゃないか? それでは今までの一人旅と対して変わらないだろう」
「え?」

 逃げている、と言われ、フォウは俯きがちだった顔を上げる。
 そこには相変わらずのポーカーフェイスの獣人が居たが、フォウには怒りの色が視えていた。

「お前も、クリスとはまた別の意味で人間関係に不慣れだな。視えている分、表面上は分かった気でいるだけに扱い辛い」
「そりゃあ、深い人付き合いはして来なかったけど」
「気付いていないのか? お前は、ある意味クリスよりも厄介だぞ。好かれることに怯えているんだからな」

 それはフォウが自覚していた部分であった。
 自分は、嫌われること、避けられることからは逃げようとしないにも関わらず、必要以上に人と距離が縮まることを避ける傾向がある、と。 
 だからこそ少し踏み出してみよう、とあの時思ったはずなのに、いつの間にか薄れていたのか、また同じことをしようとしていたのだ。
 追われて逃げるならまだしも、追われてもいないのに逃げている。
 あの時も、そして今も。

 フォウは、決して物分かりが悪い青年では無い。
 目の前の獣人の言葉を飲み込み、改めて彼は悩むことにした。

「あー……どうしたらいいんだろう」
「たまには俺の本音をぶちまけてやろうか?」
「えっ、先生の本音?」
「どうせクリスは役に立っていないんだ。お前と精霊で旅を続けて、クリスをここに置いていけばいい」
「そ、そうだよね、先生の本音はそうなるよね!!」

 お前の悩みなんぞ贅沢過ぎる悩みだ、と結論としてはそういうことだろう。
 獣人の妹は生温かい目で、兄と知人を眺めていた。
 殿方はどうしてこうも頼りない人たちばかりなのでしょう、と彼女の笑顔は、普段よりも少し硬く引き攣っている。
 

  
 


 結局のところ、距離を置こう、と決めて相談を持ちかけた。
 それが結論だ。
 なのにフォウの目の前の人物はその結論をそのまま良しとせずに問いかける。
 悩んでいる当人が相談を持ちかけるくらいにその人間性を認めている相手が、問うのだ。

「お前は本当に、きちんと独りになる自分を想像したのか?」

 ……と。
 当然想像したに決まっているが、彼の真っ直ぐな問いに、再度フォウの思考は独りになる自分を想像した。
 以前と同じように独りで、でもこれからはもう少し人と接する機会を作ろうと、フォウはそう考えていた。
 そこにクリスは居ないけれど、クリスが居ないことだって昔に戻るだけのこと。
 それは少し寂しい旅だったのだともう知っているけれど、あの生活は別に耐えられないようなものでも無い。

 ただ、ここでこういう別れ方をしてしまっては、もうクリスと会うことは無くなるだろう。
 単なる別れでは無いのだから、時間が解決してくれる可能性はあるかも知れないが、普通に考えたなら会う機会なんてほぼ作れない。

 会おうと思えば会えるような、今まで経験してきた別れとは異なる。
 クリスの旅において街に滞在する期間は短いため、偶然また会うだなんてことも無い。
 その突飛な行動に一喜一憂させられて、なのに最後には笑うようなやり取りを、過去のこととして思い出すことしか、かなわなくなるのである――

 昔に戻るだけのわけがないことを本当の意味で理解し、堰を切ったように襲い掛かる不安感。

「そんなの……」

 問いかけられた末に、フォウからこぼれ落ちたのは弱々しい音。
 彼が信頼する二人は黙って言葉の続きを待つ。

「やっぱり、無理……バカだ、俺……今更こんな、」

 とても嬉しいはずの、彼女の好意。
 けれど、与えたことも与えられたことも無いその感情が、怖くて、怖くて。
 受け止めてしまったら自分はどうなるのか。
 先の見えない変化も同様に恐怖でしかなくて。
 しかし会えなくなるということは結局のところ、この件に関しては『失う』と同義だ。
 変わることに恐怖しているフォウだが、既に彼はクリスとその周囲の人達に触れて、とうに変わっているのだから、今更逃げたところで元通りに戻れるはずが無いのだ。
 温度の無かった半生を過ごして来た青年の心は、温もりも、冷たさも、忘れることなど出来ないほどに憶えてしまっているのだ。

「先生、どうしよう……」

 少し前に発した言葉と表面上の意味は同じだが、ニュアンスの違いが声色と涙目の表情に表れている。
 どうしたらいいのか困っているには違いないが、今はもう、フォウの中に「別れ」の意思は無い。
 その逆で、どうしたらまた以前のように旅が出来るのか、と悩んでいた。

 ようやく本心と向き合った手のかかる弟分に、先生と呼ばれる獣人は心中大変超絶複雑ながらもどこかほっとしていた。
 ひとつの愛情も与えられず、しかしそれが当然として育ったために歪なまま大人になった青年にも、彼は幸せになって欲しかった。
 勿論ここから挽回出来るかどうかは分からないけれど、たとえ玉砕したとしてもそれはフォウにとって大きな一歩になることだろう。
 だから、

「どうしようもない。とりあえず謝って来い」

 それはもうシンプルに言い放った。
 彼にとって成否は問題では無い故のことである。

「どう謝ればいいのさあああああ」
「そのままだ、許して貰おうだなんて思うな。申し訳ないと思うことを伝えて来たらいい」
「うあああああ」

 突然放り投げられた気分、それどころか物理的にも外に放り投げられたフォウは、仕方なくとぼとぼとクリスの居るはずの王城に向かう。
 理由も言わずに距離を置き続け、相手の感情を逆撫でてひん曲げてプレスしたような状況をどう改善したら良いのか。
 ただ謝るにしては、不仲の期間が長過ぎる。
 道中、情けないなりに謝罪の言葉を懸命に頭の中で掘り返しこねくり回し続けたが、それらは一人の少女が視界に入ったことによって、すべてぶっ飛んでしまった。
 どうやら城での話が終わったらしいクリスは、一応病院へと足を運んでいたようで、見事に鉢合わせたのである。

「あ……」

 フォウは彼女の名前を呼ぶ声がすぐに出て来ず、クリスのほうはと言うと、一瞬合わせた視線をすぐに逸らして、フォウを単なる障害物かにように避けて通り過ぎようとした。

「まっ、待って!」

 謝罪の言葉はまだ出来ていないが、このまま去らせてしまっては更に機嫌を損ねてしまいそうだ。
 声かけだけではなく、彼女の手を掴んで半ば強引に引き留め、小さな路地に引き込む。
 久しぶりに触れた、小さな手。
 女の子特有のやわらかさ、けれど少しだけ手のひらは硬く。
 そんなことを考えた一瞬で手は払われ、暗い路地の中、大通りから差し込む逆光を背に、真顔のままクリスは言う。

「何か用ですか」

 用があるから声をかけたに決まっているではないか。
 でもそう言わせてしまっているのは、全部自分の態度が原因だとフォウは理解している。
 どこぞの王子とは違い、売り言葉を買って怒ったりなんてしない。

「うん、大事な用があるんだ」

 突っかかることなく、答えた。
 するとクリスの表情がピリ、と凍る。
 視える色は沢山あるけれど、濃くなったのは不安の色。
 大事な用、と聞くだけでは何を言われるのか警戒してしまうのだろう。
 まだフォウの中でまとまらない言葉たち。
 けれど、

「ごめんね」

 これだけはどうしようもないくらい、変わらない、変えられない。

「何が、です……」

 突然の謝罪には、当然疑問で返される。
 だが、

「今まで本当にごめん……」

 フォウはそのまま言葉を重ね、クリスも仕方なしに溜め息を吐いてそれを受け入れた。
 嘘が通用しない彼には勿論、謝罪の意味を理解しているくせに問う、という偽りも筒抜けだから。

「急にどうしたんです」
「色々考えたんだけど、俺、やっぱりまだクリスと一緒に居たいんだ」

 悩みに悩んだ青年が形にした言葉は、良くも悪くも、飾らない本音であった。

「だからさ、最近素っ気無い態度でクリスに嫌な思いをさせちゃってたけど、もし、クリスが許してくれるなら……これからも旅に着いて行かせて貰ってもいいかな、と……」

 飾らない本音ということは、つまるところ自己中心的なものになりがちだ。
 都合の良い、自分勝手な提案をしている自覚から、語尾が意識せずに濁り、弱くなっていく。
 クリスの返答は視てしまえばすぐ分かるけれど、分かってしまうことが怖くて、フォウは俯いてクリスを見ないようにしていた。
 すると、か細く震える声が項垂れた頭上に零される。

「どうして素っ気無かったのか分からないのに、許すも何も、無いです……」
「理由は、全部俺の都合と言うか……クリスは何も悪くないんだ。その……上手く言えないんだけれど、」
「私に、見たくないものが見えていたんですね?」

 クリスらしからぬ推察力に驚いて、思わずフォウは顔を上げていた。
 確と合った彼女の瞳は憂いに濡れ、自身を卑下するような嘲笑に細く歪んでいる。

「ちっ、違う……」

 本当は違わない。
 けれど、違う。違うんだ。
 クリスが考えているであろう『悪い方向』にはとって欲しくなくて必死に否定の言葉を搾り出したが、自分でも思い切れていない言葉が他人に伝わるわけもなく。

「ごめんなさい、きっと困りましたよね」
「そんなこと……!」

 困っていたことは事実なだけに、上手く説明出来ないもどかしさ。
 ただフォウは言葉を詰まらせ、切迫した表情で自身の側頭部を掻き毟る。
 しかしそこへ、先に想いを形にし始めたのはクリスだった。

「正直、この数ヶ月はフォウさんなんてもうどこかへ行ってしまえばいいのに、って思ってたんです」
「えっ……うん、ごめん……」
「さっき謝って来た時も、絶対に許してやらないつもりで、何がだってわざと聞いたんです」
「そう、そりゃそうだよね……」
「でも、」

 少女の顔は、気恥ずかしそうにしながらも青年のほうを向いている。

「一緒に居たいって言われたら、何か、怒りたいのにちっとも怒れなくなっちゃったんです。許すどころか、嬉しくなっちゃって」

 そう言って苦笑い。
 ただ、笑っているけれど、纏う色の悲壮さに、視ているフォウのほうがあてられてしまいそうだった。
 嬉しいと言いつつ、その感情より悲しさのほうが濃いのだ。
 嬉しい気持ちは嘘ではないが、『嬉しい理由』に気付いてしまっての悲哀なのだろう。

「あのね、クリス」

 どんなことを思って、自身の持つ好意に気付いて悲しむのか。
 そこまで具体的に見える能力ではないけれど、力なんて無くても分かるから。

「俺、クリスと一緒に旅していたこの期間、凄く楽しかったんだ」

 辛くとも向き合おうとしてくれている少女に、フォウも向き合おうと思った。

「見たくないものが見えて、目を背けていたのにですか?」
「うん……目を背けていたのはその時の俺がちょっと戸惑っていただけだから。だって今はもう平気だし」
「そうなんですか……」
「でなきゃ今後一緒に居られるかどうかの心配なんてしないよ」
「それは、そうかも知れませんが」
「だからさ、目が離せないっていうか、見てて飽きないっていうか……思えばいつだってクリスは俺にとってそういう存在でさ……」

 これから言おうとしていることに気恥ずかしくなって、フォウは少し言葉を溜めてしまう。
 クリスはというと、ここまで言われても何も勘付いていないようで、素直にフォウの話の続きを待っている。
 他人の好意に疎いのは相変わらずらしい。
 彼女もフォウほどでは無いにしろ人に好かれ慣れていないから、相手が自分に好意を持っているという発想自体が無いのだろう。
 そんな風に待たれると必要以上に恥ずかしく、手に汗滲むということを文字通り体感しながら、青年は最後に最初の一歩を踏み出した。

「君が、好きです」

 初めての告白は、あまりの酷さに目を覆いたくなるほどガチガチに畏まってしまっていた。
 それでも、その言葉を言う瞬間、フォウはしっかり相手の目を見るようにした。
 状況を把握するのに時間がかかって最初はまぁるく見開かれていた瞳が、少しずつ、細まっていく。
 彼女の纏う様々な色が、少しずつ、晴れていく。
 想いが成就したのだと理解し、言葉に換え難い感情、心情が移り変わるグラデーションは、今まで見てきた何よりも綺麗だと、フォウには思えた。
 一切の濁りなく、花咲くように嬉しさに色づいた彼女も、綺麗で。
 だから、

「出会った時から、ずっと好き」

 つい先ほど自覚したばかりの言うつもりもなかった事実をつい口走ってしまったのは、クリスのせいなのだとフォウは結論付ける。

「好き」
「や、あの……そんなに何度も言わないで、くれませんか」
「恥ずかしいね」
「は、はい……」

 さすがに目を逸らしてしまったクリスが、耳まで真っ赤になった顔を手で扇ぐ。
 立ち話、しかも路地裏。
 もっと雰囲気の良い場所で言えたら良かったのに、と、そろそろ落ち着いてきた青年はそんなことを考えるけれど、きっと自分はそんな風に準備したら怖気付いて言わずに終わるだろうからこれでいいやと思うことにした。
 先程振り払われた手をもう一度掴み、握って、落ち着いた思考とは裏腹に浮わついたままになっている心に委ねて言葉を紡ぐ。

「好きだよ」

 フォウは別に嫌がらせをしたいわけでは無い。
 何故だかもっと言いたくて仕方が無いだけなのだ。
 しかしそうとは相手に伝わっていないようで、

「返事を催促するように何度も言われても、まだ心の準備が出来てないんですよ、こっちはぁ……」

 握られた手を今度は振り払うことなく、繋いだままの手で顔を覆って必死に表情を隠すクリス。
 泣いているのか、それとも緩んでしまっているのか。

「大丈夫、視えてるから返事は無理しなくても」
「そうじゃなくて、こういうことは、きちんと言葉にして応えたいんです」
「そっか、じゃあ待つね」

 顔を隠されるくらいなら、と青年は愛しさを伝えるように彼女を引き寄せて抱き締める。
 一瞬声にならない声が抱き締められた側から漏れたがそれもすぐ収まり、心地良い沈黙の時間が続き……青年の胸に押し付けられていた少女の顔がゆっくりと上げられた。

「私も、フォウさんが好きです」

 心地良い沈黙を終わらせた言葉も、やはりとても柔らかに心地良く響く。
 彼にとってはとても大きな一歩。
 しかし踏み越えてしまえばそれはとても小さく感じられ、もっと早く踏み出せば良かったと当人に思わせる。
 だってそのたった一歩の先は、こんなにも温かな色に包まれていたのだから。
 人を愛し愛されるということはそれだけで、比肩するものなど無いほどの鮮やかな色を咲かせるのだから。
 ただ、それがいつまでも続くかというとそうではなく、むしろあっという間に現実に戻されることとなる。
 小さな路地に入ったとはいえ、そこは大通りから少し入っただけの場所。
 決して多くはないがいつの間にか集まっていた数人の見物人に囃し立てられ、恋愛初心者の二人はその一時、恥ずかしさで人は死ねるかも知れないと本気で思ったのであった。

-FIN-

 
――というわけで後日談でした。

本気で死にそうなのは作者だとかどうとか(オイ)
自分は本当に、まっすぐな恋愛ハピエンを書くのが苦手なんだなと再認識しました……

なお、フォウにとっては「見ること」「視ること」そして「視える色」が価値観の大部分を占めているため
好きな理由や基準も、自然とそれに偏っています。


↓オマケ漫画①
一方、エリオットに引き止められたダインは城内に残り、問われて事情を説明していた。
(画像が大きくて分割してあり、3コマ毎に隙間が生じております。ご了承ください)
漫画02完成1
漫画02完成2
漫画02完成3
なろう版との相違点である「旅のお供にフォウが居ることを予め知っている」時点で
傍に居られないエリオットは2年もかければ諦めがつくかな、と。
なろう版は知った時点で自分も傍に居る環境だから、
諦めつかずにちょっかい出すわけですがw

↓そしてオマケ漫画②

漫画01
一度やってみたかった、ここに教会を建てよう的なアレ。
恋人になってからのゼロ距離に悶える青年の図。
完結後は野宿メインだから毎回こんな背景になりますね。

どこかのコメントで返信した気がするけれど、クリスは付き合うとツンが消えてデレしか無くなります。
(ただしクリスの貞操観念はキスすら結婚してから、という固さで手が出せない)
↑くっつこうがどうしようが手は出させないという作者の確固たる意思。

「もしきちんとくっつくのであれば、こういう感じなんだ~」
「元小説はなろう版に比べて、まだ救いがあるんだ~」(クラッサもエマ兄も生きてるしね!)
……その程度で読んでくだされば幸いです。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました!